沖縄、恩納村でダイビングやシュノーケルならブルーリンク

お問い合わせ
8:00~21:00(年中無休)コースやご予約、団体予約についてのご相談098-989-9147
当日のご予約、お急ぎの方はこちらから080-8374-2390

スタッフブログSTAFF BLOG

11 2015/1

沖縄そばの歴史!!

沖縄そば [全画像を表示]
 南マット・グロッソ州の州都カンポグランデ。沖縄県系人が多い同市の中心地では、毎週水曜日と土曜日に沖縄そばのフェイラ(青空市場)が出店する。フェイラといっても屋台といった方が自然で、客はほとんどがブラジル人だが、所狭しと並んだ屋台に群がる人々の熱気はどこかアジア的でさえある。ウチナーンチュにとってこの屋台群は一つのコミュニケーションの場であり、今や沖縄伝統の「すば(そば)」づくりは日系二世、三世のほか非日系にも引き継がれています。ブラジル国内でも珍しいカンポグランデの屋台群をレポートします。

沖縄そば.jpg
ブラジルのネエちゃんたちも沖縄そばに喰らいつく

 午後七時。家族連れやカップルのブラジル人客の姿が目立つ。節電(注:この年、ブラジルでは政府により全国的な大型節電が実施された)の影響からか小型蛍光灯も多いが、黄色味を帯びた裸電球の明かりが、日本の屋台の雰囲気をかもし出し、そばをゆでる湯気に混じって人々の熱気が伝わってくれます。
ここカンポグランデには沖縄県系人が多いです。記念誌などの資料によると過酷な労働で非業の死をとげたノロエステ鉄道に従事した県系人やペルーからアンデス山脈を越え再移住してきた沖縄県人たちが、気候も母県に似たこの地に集まったとされています。
二〇〇〇年まで沖縄県人会のカンポグランデ支部長をつとめた具志堅弘さん(六七)にフェイラを案内してもらいあます。「FEIRA・CENTRAL」の名前通り、場所は市内中央に位置しています。
フェイラは現在、水曜日と土曜日のみ開店し、他の地域でも沖縄そばのフェイラが立ち並ぶが、夜を徹して出店しているのはここだけだといます。

沖縄そば2.jpg
フェイラに連なる屋台群

 具志堅さんの説明によれば、沖縄の方言では「そば」は「すば」と発音するといいます。具志堅さん自身、八八年から九五年までの七年間にわたって沖縄そばの屋台を行っていたが、現在は豆腐づくりに従事。夫人のサエコさん(六三)が土曜日のフェイラが立つこの場所で販売しています。
同地には数年前からフェイラ専用の屋根が設置されるようになったが、「以前は一軒一軒バラッカ(バラック)を建てる必要があったために体力的にも大変でした」と具志堅さんです。
それに加えて出汁(だし)、麺づくりなど下準備の手間の多さ。九五年の第二回ウチナーンチュ大会に参加した帰国後に「体力的な限界を感じた」という具志堅さんは、店を日系二世に譲りました。
現在フェイラを出している沖縄そばの店は全部で約三十軒。道沿いに一直線に店が続いている。それに並行して野菜類、日本食品、飴、ボーロ(ケーキ)などの出店(でみせ)が並び、明かりを灯しています。
今では唯一とも言える日本人一世の勝連(かつれん)隆子さん(五九)は、この道二十六年のベテラン。母親の勝連勝子さんは屋台群の草分け的存在で、出稼ぎを目的に十年前から日本に在住しています。今では隆子さんの長男・源河(げんか)明さん(三五、二世)夫妻が中心となって店を切り盛りし、その伝統の味は親子三代にわたって受け継がれています。

pageTop