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敵の手に渡ることを避けるため海没処分とされた船、名はエモンズ (駆逐艦)

古宇利島沈船エモンズファンダイビング

エモンズはニュージャージー州カーニーのフェデラル・シップビルディング・アンド・ドライドック社で1940年11月14日に起工する。1941年8月23日にF・E・リーコック(エモンズ少将の孫娘)によって命名、進水し、1941年12月5日に艦長C・T・ラガン中佐の指揮下就役した。1944年11月15日、DMS-22(掃海駆逐艦)に艦種変更される。

就役後1942年1月31日にノーフォークを出航、ペルーのカヤオに整調巡航に向かい、同地でペルー政府高官を乗せチリのバルパライソに向かった。その後エクアドルのいくつかの港を訪問し、ボストンに帰還する。エモンズはニューイングランド海域をパトロールし、4月には空母レンジャー (USS Ranger, CV-4) の護衛として大西洋を横断、レンジャーはゴールド・コーストでアクラなどのアフリカの航空基地向け陸軍機を搭載した。

1944年11月9日、エモンズは高速掃海艦へ転換のためボストンでドック入りする。大西洋での訓練及びハワイ諸島での演習の後、沖縄戦参加のためウルシー泊地に到着した。所属部隊は1945年3月19日に出航し、4月1日の上陸に向けて危険で重要な海域での任務に就く。エモンズはレーダーピケット任務に従事し、ロッドマン (USS Rodman, DMS-21) と共に航行中、大規模に展開された特攻機の攻撃に際して標的とされた。最初の1機がロッドマンを攻撃し、エモンズは損傷したロッドマンを護衛するため対空砲撃を行った。2隻の掃海艦は特攻機の攻撃に圧倒された。その多くは撃墜されたものの、エモンズは5機によってほぼ同時に攻撃を受けた。1機が三番砲塔の喫水線付近に突入し、弾薬庫に引火、大爆発を起こし、左舷船尾と戦闘情報センターが炎上した。乗組員は必死に格闘したが、エモンズは復元能力を失い、翌4月7日、敵の手に渡ることを避けるため海没処分とされた。この戦闘でエモンズの乗員60名が戦死し、77名が負傷した。

エモンズは第二次世界大戦の戦功で海軍殊勲部隊章に加えて4個の従軍星章を受章した。

2000年9月、沖縄古宇利島の北側の海底から時々浮いてくる油があることから、遊漁船の通報により第十一管区海上保安本部の調査により海底に沈んでいる軍艦が発見された。同年12月、地元のダイビングインストラクターの調査によりその軍艦がUSS Emmonsと判明した。その後TV局のドキュメンタリー撮影や雑誌などマスコミでも取り上げられ存在が広く知られるようになった。現在は一般ダイバーも潜水することが出来る。エモンズは水深34m~46mに横倒しになっており、潮流も速く減圧の手間もあるため上級者向きのダイビングポイントになっている。元乗組員と、その曾孫世代を含めた家族による戦友会が2017年時点でも活動している。

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